1.従来のマーケティング戦略では生き残れない時代
少子高齢化の進行により、我が国の総人口は2008年にピークを迎え、既に生産年齢人口は1995年から減少に転じています。
総務省の調べでは、このままのペースで推移した場合、2050年には国内の消費人口※1が現在の3分の2の水準まで減少すると予測されています。仮に予測通りに推移したとすれば、将来会社の売上を支える消費者の数が3分の2まで減少することを意味しており、売上額自体も30%以上目減りすることを示唆しています。
※1 消費人口とは、消費の中心を担う20~64歳のうち働いて収入を得ている人口。
人口が増加していく成長時代が「昇りのエスカレーター」だとすれば、これから先は、人口が減少していく「降りのエスカレーター」の時代へと転じます。降りのエスカレーターの時代では日本の内需は急速な勢いで減っていくでしょう。内需の減少は、すなわち市場が縮小するということを意味しているのです。
そして、『縮小市場のもとでは従来の経営手法が通用しなくなる可能性が高い』ということが問題となります。その理由は、今ある戦略が人口が増え続け市場全体が拡張していくことを前提とした考え方だからです。
右肩上がりの経済成長のなかでは高い効果を発揮できていた戦略であっても、その前提が崩れてしまえば意味をなさなくなります。そうなれば売上を維持することさえままなりません。
ここで成長時代のマーケティング戦略の考え方を簡単におさらいしてみましょう。
2.成長市場でのマーケティング戦略の考え方
企業が成長を続けるためには、戦略的な方法論が必要不可欠なことは言うまでもありません。そのため、市場が拡大する成長時代では多くの経営戦略やマーケティング戦略が編み出されてきました。そして、これらは数多くの企業の業績を上げ、成長の原動力となってきました。
例えば、マイケル・ポーターの提唱した「競争戦略」、F.W.ランチェスターの「ランチェスター法則」をもとにして発展させた「ランチェスター戦略」などは広く知られており、実際の現場でも活用されています。他にも経営戦略やマーケティング戦略と呼ばれるものはいくつも存在します。
では、これらの戦略はどのような考え方に基づいた方法論なのか?そこで、これらの代表的な戦略を理解しやすくするため、理論別に分類してみたいと思います。分類は各戦略を「差別化」と「同質化」の2つの観点から行います。
(※あくまでも個人的な見解として分類しています。)
2-1.「差別化」に分類される戦略
①差別化戦略(ポーターの競争戦略)
自社商品を性能や品質、あるいはブランドなどの面で差別化することでマーケット全体において競争優位を確立する戦略。
②ランチェスター第一法則:差別化戦略(ランチェスター戦略)
市場シェア2位以下の弱者の企業が質的優位を築くため、他社とは違う商品やサービスを作ったり、異なる売り方をしたりすることで強者との差別化を行う戦略。
2-2.「同質化」に分類される戦略
①コストリーダーシップ戦略(ポーターの競争戦略)
経営資源の多くを投下することで低コスト生産を実現し、他社よりも低価格で販売することで市場全体における価格決定権を握り競争優位を確立する戦略。
②ランチェスター第二法則:ミート戦略(ランチェスター戦略)
市場シェア1位の強者が、市場シェア2位以下の弱者と同質の商品・サービスを提供することで、弱者が行う差別化戦略の効果を封じ込める戦略。
このように、内容に多少の違いはあれども、どの戦略も「差別化」と「同質化」のいずれかに分類できることがわかります。
ここでは取り上げなかった戦略も、その大半は「差別化」と「同質化」に分けられるはずです。なぜなら「差別化」と「同質化」の戦略が、市場が成長している時代に適した方法論だからです。
市場に存在する者同士が互いにシェアを奪い合い、また奪われないようにするためどうすればいいのか?
「差別化」と「同質化」は、それを強者と弱者の立場から見て編み出された戦略です。ただし、これらの考え方はあくまでも同一市場の中での争いです。市場が一定の規模を保てているうちは大きな問題にはなりません。
例え市場内に多数の競合企業がひしめき合っていたとしても、なんとかバランスを取りながら棲み分けができるでしょう。しかし、市場が衰退し収縮を始めればそうはいきません。市場はたちまち飽和状態となります。当然ながら、取り込む能力を失った市場では戦いに敗れた者から順にドロップアウトを余儀なくされます。
資本面で不利な中小企業にとっては、生死に直結する過酷な時代が待ち受けていると言っても過言ではないでしょう。
そもそも、「差別化」や「同質化」は市場が右肩上がりに伸び続ける成長時代に考え出された戦略です。そのため、これらの戦略が、果たして今後の衰退市場で直面する新たな問題に対応できるか否かは懸念されるところです。
事実、「差別化」や「同質化」だけでは対応しきれない問題は既に起こり始めています。その問題の一つとして挙げられるのが、他の市場からの新規参入です。今までまったく競合関係になかった他の市場の企業が、市場の垣根(境界)を超えて進出してくる「市場の浸食」が起こるのです。今までにもこうした市場の浸食は少なからずありましたが、注目すべきはその広がりとスピードが以前とはまったく異なるという点です。浸食は特定の市場だけではなく、ありとあらゆる場所で起こり始めています。そして、それはかつてないほどの勢いで急速な広がりを見せています。
なぜこうした浸食が頻繁に起こり始めているのでしょうか?
そこには、市場内に存在する企業同士の共存が機能しなくなり、棲み分けが上手くできなくなっていることに深く関係しているのです。
3.棲み分けが出来なくなり苦しくなると隣の餌を食べ始める
どの業界でも、市場が飽和状態になると棲み分けができなくなります。当然、棲み分けが機能しなくなれば市場内での競争が激化していきます。やがて、勝者と敗者の構図が鮮明になると、徐々に周辺の他の市場に棲む場所を移す者が出始めます。これは、野生動物の餌場環境に似ています。
野生動物たちは、餌場となるエリアに豊富な餌があるうちは、互いに争うこともなく、平和に食べることができます。しかし、徐々に餌場の面積が小さくなり始めると、あちこちで頻繁に争いが起こり、互いの餌を奪い合うようになります。そうした状態が長らく続いたある時、争いに嫌気がさした1頭がある行動に出ます。それは、今まで主食にしていなかった他の動物の餌を食べ始めるという行為です。
要するに、その1頭は生き残るために新たな方法を取ることを決断した訳です。しばらくすると自分達の餌を食べられた他の動物の中にも、同様の行動を取る者が現れ始めます。そして、もう1頭、もう1頭・・・と後に続きます。まさに、浸食が起こったのです。初めはためらっていた者さえも抵抗なく他の餌を食べ始め、以前にあった境界は消え去ってしまいました。
ビジネスでも、既に同様の現象は起きています。例えば、美容業界ではカットやカラー、パーマのサービスだけでは売り上げを維持することが難しいため、一部ではフェイスケアなどのエステ関連のサービスを提供する店も出てきています。ただし、大半の美容室では髪以外の部位へのサービスを提供することに対して、心理的な抵抗があるためか参入に二の足を踏んでいます。しかしながら、隣接する領域からの美容業界への参入は相次いでいます。逆に他の業界から攻められ始めているのです。それでも、未だ多くの経営者が自分達の領域が浸食されているという脅威に気付いていないのが現状です。
その他にも大手家電量販店が戸建住宅事業への参入や、携帯電話にパソコン+デジカメ+ミュージックプレイヤーの機能を付加したスマートフォンの登場も、隣接を浸食した事例と言えるでしょう。これらを他の業界のことだと、人ごととして片付けるのはとても危険です。市場の浸食は好むと好まざるに関わらず、既にあらゆる業界で確実に起こり始めているのです。それも急速な勢いで。
4.衰退時代に適応した4つのマーケティング戦略
市場が急速に縮小し境界線がなくなりつつある時代。企業経営は現状を維持することさえ難しくなります。特に苦境に立たされることが予測される中小企業にとっては、経営者の今以上にスピーディーかつ柔軟な決断が求められることになります。
衰退する市場で生き残るためにはどう決断すればいいのでしょうか?その一つの答えとなるのが、時代に合わせた適切な進化です。変化を嫌がり、ただじっと身構えているだけでは道は開けません。経営者は自社が生き残っていくための適切な進化の方法を早急に模索し、行動に移す必要があります。
そこで、私たちが提唱する適切な進化の方法をお伝えしたいと思います。
以下が、企業が生き残るための衰退時代に適応した4つのマーケティング戦略の考え方です。
- ① 隣接業界に参入する(横への進化戦略)
- ② 製造小売(SPA)に進化して生き残る(縦への進化戦略)
- ③ 寡占になっていくニッチ市場でシェアNo.1になって生き残る(留まる進化戦略)
- ④ 海外市場へ進出して生き残る(外への進化戦略)
4-1.横への進化(隣接業界に参入する)
「横への進化」は市場が隣接する区域(業界)へ参入する戦略です。他の業界に攻め込まれる前に先んじて攻め入るのが得策です。この進化の仕方は比較的投資が少なくて済み、実務でも成功しやすいのが特徴です。ただし、抑えるところを抑えておかないと上手くいきません。
そのポイントは以下の2つです。
1つ目は、本業で培った自社のコアプロセス(強みや優位性が発揮できている仕組み、または技術)を活かせる隣接市場や業界への周辺参入です。ただし、あくまでもコアプロセスを活かせることが大前提です。もしも参入を試みる市場や業界でコアプロセスを活かせないのであれば、失敗するリスクが高まるため、十分な見極めが必要です。
2つ目は、マーケティングの3つの項目から参入する市場や業界を見つけ出していきます。マーケティングをシンプルに考えれば、その内訳は「誰に」「何を」「どうやって」の3項目から成り立っています。
参入する市場や業界を決定するには、まずは自社の本業における「誰に」「何を」「どうやって」の3項目の現状分析を行います。そして分析結果から、どの項目をズラすことがパフォーマンスの最大化に繋がるかを見極めていきます。ズラすという意味は、それぞれ「誰に」=「ターゲット」、「何を」=「販売する商品・サービス」、「やり方」=「販売方法・販売チャネル」を変えるということです。
しかし、ここでの注意は、ズラす項目は必ず1つに絞り込むことです。同時に複数の項目をズラしてはいけません。隣接業界に参入する場合は、3つの項目の1つだけをズラすほうが成功する可能性が高まります。既にいくつもの企業のケースで実証済みです。
ズラし方の考え方としては、「誰に」「どうやって」の部分はズラさず、「何を」をズラす場合がよくあるケースです。例えば、住宅の一次取得者(誰)に対して中古住宅(何)をインターネットで仲介販売(どうやって)している不動産業の場合では、「中古住宅」を「新築住宅」へズラすことで新たな市場へ参入する糸口が見つかります。
4-2.縦への進化(製造小売【SPA】に進化して生き残る)
モノの流れは、一般的にメーカー→商社→小売となっています。超成熟時代かつインターネットが普及した現在では、この距離が短くなる傾向があります。
例えば、メーカーや商社が、一次問屋や二次問屋などの仲介業者を通さずダイレクトにネット上で販売する流れは、あらゆる業界で顕著に見られます。こうした状況から、最終的にはどの業界企業も、製造小売的な進化へと収斂していくはずです。
その典型として、流通業大手のイ○ンやセ○ンイ○ブンでは取り扱う商品におけるプライベートブランドの数を増やしています。また、M&Aなどで製造元の会社自体をグループ化することで、メーカーとして直接製造を手掛けています。既存のメーカーにも自社で直営店舗を持つケースが増えており、ユニクロはその成功例です。
この先、小売やサービス業ならば、自社のプロダクト(商品)を持ち、小売業&メーカーになる。メーカーであれば、従来の流通(卸や小売)に頼るのではなく、自社ブランドを立ち上げ、自店舗を出店していくことが非常に重要になってきています。商社の場合であれば、ネットを通じての小売販売やメーカーとタイアップして自社ブランドを創るなど、今まで以上の付加価値を提供していかなければ存続も危うくなります。
どのような業種であっても、製造小売(SPA)化する進化は重要なのです。メーカー化するうえで、自社で直接工場を持つ必要はありません。ファブレスメーカー(工場を持たないメーカー)で十分です。むしろ、工場を作るような設備投資は大きなリスクになるためお勧めできません。自社で企画のみを行い、実際の商品は海外の工場に委託生産し成功している企業のケースは多々あります。
4-3.留まる進化(寡占化するニッチ市場でシェアNo.1になり生き残る)
市場全体が縮小し、最終的に寡占化された(少数の売り手に支配されている状態)ニッチ市場でシェアNo.1になり生き残る方法もあります。実際、規模は小さくなっても市場そのものが消滅しない状態で生き残っている企業が結構な利益を出しているケースがあります。
「留まる進化」は、ニッチ市場でシェアNo.1を狙う生き残り戦略です。市場が衰退・縮小していく厳しい環境においては、多くの総合印刷会社(すべての印刷物に対応している印刷会社)が倒産し、撤退を余儀なくされている状態です。同様に、チラシ印刷も衰退の道を辿っていますが、チラシ印刷のニーズがすべてすぐに無くなってしまうことはないとは思えません。そうした状況を逆手に取り、チラシを刷る輪転機を持つ強みに特化し徐々に市場シェアを高めていきます。そうして結果的に寡占状態を作り出せれば、会社は生き残ることができます。
4-4.外への進化(海外市場へ進出して生き残る)
外への進化は、自社の商品・サービスで海外市場に打って出る方法です。海外進出する市場としては日本との地理的な要因からもみてもアジア圏が有望です。特にベトナム、インドネシア、フィリピンの頭文字からなる「VIP」と呼ばれる東南アジア3国の経済圏は、人口規模が6億人に達しており人口構成も若いことから、今後の成長が見込まれる魅力的な市場です。
ここでは具体的な進出手段については割愛しますが、堅調な経済成長に支えられた購買力を求めて商品の輸出販売を行ったり現地での生産拠点やサービス拠点を設けたりするなど、様々な展開の仕方が考えられます。
ただし、海外進出にはリスクがあることを忘れてはいけません。為替変動や経済情勢変化、法制度の複雑さ不明瞭さ、政情不安、自然災害など国内でのビジネスとは異なるリスクが発生する可能性があるため、十分なリスクマネジメントが必要です。
5.中小企業の実情と盲点のジレンマ
マーケティングは企業が利益を生み出すための経営戦略上最重要項目であるにもかかわらず、大半の中小企業ではコストや人材不足の面などからマーケティングの専任者をおいていません。また近年では限られたコストで利益を最大化するため、マーケティングの専任者にはリアルメディアやオンラインメディアなどを統括・運用する幅広い知識とスキルが求められます。しかしながら、マーケティングの手法が極度に高度化・複雑化していることから、例えマーケティング専任者が在籍する企業であっても、十分な成果を得られていないのが実情です。
さらに戦略的に進化する上での重要な問題点があります。それは、人間にある「盲点」です。分かりやすく言えば、一つの業界にどっぷり浸かっている専門家であればあるほど、見えなくなることがあるということです。
皮肉にも、長年培ってきた経験が固定概念という仇となり、新たな発想やアイデアの叡智が生まれにくくなってしまうのです。
専門に特化するほど隣接業界に参入する切り口が見えなくなる。そうしたジレンマを抱えてしまうのです。
6.まとめ
この先の日本に訪れる急速な人口減。国内のあらゆる業界が衰退し始める時代を体験した人は未だいません。
既に私たちは、そんな未知の領域へと踏み出しています。それでも、私たちは前に進まなければなりません。なぜなら、変化を恐れず進化を遂げた者だけが生き残れることは、既に歴史が物語っているのですから。
今回お伝えした衰退市場で生き残る4つのマーケティング戦略を駆使し、御社が生き残るための進化を遂げてください。